おはよう台湾

おはようから台湾まで

やさしさと愛

同居人と喧嘩にまで至らないような下らない喧嘩をすることが多いです。

なぜこのように表現するかというと、同居人は喧嘩するつもりは無いから。そしてわたしも喧嘩を吹っ掛けたり挑発に乗ってしまっても、一通り憤れば鎮火していまうから。

 

心の余裕が無いのでしょうね。心の余裕、彼と暮らし始めてから殆ど感じたこと無いかもしれません。

 

度重なる引っ越しや不安定な生活は、「安心出来る場所と人」という概念を揺らがせてしまいました。

そりゃあ、まったくの他人に比べれば彼との生活はいつも安心があります。でも、家族と家に居るような時のような安心感はありません。

 

数週間前、どうも精神状態がよろしくなく、自分の部屋が全くの他人の部屋に思えて怖くなってしまいました。

数か月かけて、自分の物をこの部屋にちりばめ埋めて配置したはずなのに、全部借り物のように思えてしまったんです。その時に「ああ、わたしはこの部屋にこの家に安心できてないんだ」と知ってしまいました。

 

安らげる場所と人が居ないのかもしれません。

 

同居人の彼とはもう長い付き合いですが、最近彼の口からは「正常な家族のような関係」「お父さんとお母さんと子供がいる家庭のような感じ」という表現がよく出ます。

これが彼が位置づけるわたしとの関係だそうです。(彼には子供がいます。)

 

しかし、もし日本に帰ってしまえば簡単に終わってしまう関係ですし、書類上の契約が一切ない状態で「家族ごっこ」をしているに過ぎないわけです。

関係の足元が不安定なまま、その上に信頼とか信用とか思い出をむやみに積み上げて行っているように思えて、この脆弱な足元が崩れる時にわたしの居場所は無くなってしまうんじゃないかと。

 

そうして、この人と安心できる関係を作りたいと思うようになりました。

そのために、わたしたちはあえて別の道を歩むことも必要だなと考えています。

 

ここ数年間ずっと一緒に仕事をしてきました。毎日毎日休みなく余裕なく、衝突は一日に数えきれないほどありました。怒鳴り合い噛みつき合い、お互いに疲弊し、それでもなんとかしなければと、一緒に灯りのない迷路を彷徨っている状態でした。

 

そして、いまわたしは彼との仕事時間を最低限にして、いっそ自分で自分が納得して出来る仕事を探すことに決めました。

生活は今のところ基本的には一緒に過ごしますし、ほぼ24時間お互いが見える位置にいます。

でもわたしたちはもうお互いの仕事に大きく関わり合うことはしないし(人手が足りない時だけはヘルプで一緒に仕事したりします)、こうすることでお互いの仕事を尊重出来るのではないか?と考えます。

 

一緒に仕事をしていたときは、生活も仕事も全て一緒にやらなければならなくて、生活と仕事の境目をつけることが出来ずに苦しみました。でも、ええいままよ、と今までずっと一緒にやっていた仕事への接触を減らすと、生活がパリッと糊が利いたように変わったように思います。

 

とりあえず、この方法でやっていこうと思います。まず、安心出来る関係と場所づくりを。

今日は同居人との新しい生活と関係へ向けての宣誓文のような、そういうものを書きました。

友達

思春期の中学生みたいなことを言います。

みなさんには「友達」と言える人はいますか。顔を浮かべることはできますか。

 

実は、わたしは今大きな問題にぶち当たっておりまして。

いえ、わたし自身は大した問題ではない、と思っているのが問題だそうなのです。

 

わたしには「友達」という存在が一体どういったものか理解出来ません。

 

「好きな人」はいます。やさしいとか、かわいいとか、一緒に居て楽しいとか、ワクワクするとか、そういう人。

でもね、それが「友達」であるか、というとなぜか頭にクエスチョンマークが点ってしまい、判断できなくなってしまいます。

その人たちに何でも包み隠さず話して、涙を流したりとか、その人たちのために何かを投げ打ってまで助けてあげることは出来るか?

わたしの答えは本当に素直に「ノー」です。

なぜ「ノー」なのか。一番の理由は「それをしても利益がない」から。

 

「どうせ、この人とは今だけの付き合いだし。この数年間が終われば、付き合いだって終わるし。」

そうじゃないですか?「友達」って、流動的で、付き合いなんて簡単に無くなって、いつの間にか他人みたいな存在になっている。

 

でも、便宜上彼らのことを「友達」と呼んでいます。だって、世間では「友達」がいないと変なのは知っているので。簡単な助け合いだってするし、LINEでマメに連絡だって取るし、「友達の会話」っぽいことは出来ます。だってそれが出来ないと世間では変なのは知っているので。

 

同居人はこの点について、わたしの考えを改めさせたいそうです。

彼は、自分の人生の一部を投げ打ってまで、わたしに何かあったら助けたいと思っているそうです。なぜなら大切な「友達」だから。

もうこれを聞いた時には頭の上がクエスチョンマークだらけになりました。

「いやいや、そんなに本気で助けてもらったとしても、わたしは何も返せないよ。そんなことしないでくれ、ものすごく重荷だ。」

それに、こんな海外で明日の保証もない外国人がずっと一緒に生活していけるわけないじゃないか。その間にしてもらった分を返してあげることなんて出来ない。

 

わたしは最近、この考えが世間ではおかしいということを知りました。

だから、おかしいと理解しつつ、この文章を書いています。

同居人は、わたしのこの考えを知れば悲しむ人がいるだろうと言っていました。わたしはこの記事を見て悲しむ人がいるのだろうな、と予想しています。

 

「わたしはもっとおかしいと言われて、自分がおかしいことをもっと理解すべきだ」と思ったので、この記事を公開します。そして、この考えが本当に人を悲しませるんだということを知るためにも。(わたしもさすがに、知っている人が悲しむのはよろしくないなと思うので。)

大変お久しぶりです

2年ぶりくらいの更新になります。

前回更新は2017年6月でした。

 

この2年のうちに、本当にいろいろなことがあり、まったく怒涛の2年間だったように思います。

トラブルは尽きない、健康状態の悪化、疲れてボーっとしており目の前のガラスが見えておらずぶつかって前歯を折る、など笑

 

この2年の間に3回引っ越しました。

職も2回変わりました。

 

 不安定な日々は続いています。今現在も進行中ですが、まあ何とかなるだろうと楽観的に考えています。

同居人には「楽観的に考えすぎ」と日々お小言を頂いておりますが。

 

さて、数日前にありがたくも台湾在住歴満三年を迎えることが出来ました。

ついに台湾在住歴四年目に突入です。

思えば当初、田舎の銀行で融資受付をしていたわたしが、社会人四年目に差し掛かってすぐ仕事を辞め、自由を求めてこの国にワーキングホリデーに来たのでした。

もともとはワーキングホリデーの期限である一年間が過ぎれば日本に戻ってまた仕事を探すつもりでした。台湾で、ほんの少しのモラトリアムを楽しんであとは真面目に仕事しよ~と考えていたのに、ワーキングホリデーの期限が迫る頃にはなぜか「104人力公司」(台湾版リクルートサイト)に登録し、台北でちゃっかり仕事を見つけてしまったのです。これが台湾在住二年目の時のはなし。

 

それからしばらくして、もうかれこれ7年ほど前に知り合った台湾在住者から久しぶりに連絡があり、「いまの仕事つまんないんでしょ?辞めちゃえば?」と悪魔の甘いささやきに乗せられ…あれよあれよという間に会社を辞め、彼と一緒に仕事を始めたわけです。ついでに同居も始めました。

 

同居もそろそろ丸二年を迎えようとしています。

最近ようやくお互いの関係が安定してきたように思います。

というか、多分お互いにどれくらいの距離を保てばいいのかが分かってきたのだと思います。お互いに主張が強いと喧嘩もしますし。その主張を丸め込めるようになったというか…。

まあ他人と暮らすってすごく大変ですね。世の中の夫婦はすごいよ。

 

さて、台湾在住四年目の目標ですが。

「今まで避けてきた道を、道の端っこでもいいから踏んで歩く」

です。

 

いやー、我ながらチキンで本当にダメな奴でどうしようもないです。

しかし、わたしの中ではこの気持ちの切り替わりは大きな一歩となりそうなので頑張ります。

 

これから時間を見つけて少しでもブログを書くようにしていこうかな。そんな感じです。以上です。

日本帰国5/11~5/25①

 

 

 

JR三ノ宮駅西口の裏は最高。

 

 

駐車場とネギ。

 

 

合計8.4kgを台湾から個人輸入(植物検疫通過済)

 

 

イケてるコーヒーショップ、帰国時に必ず寄る。

 

 

食べ物に関しては日本は本当に最高。

 

 

イケてるコーヒーショップはあんこトーストに七味かかってるからどこまでもイケてる。

 

 

 

代償。

 

 

 

レントゲン撮影に行った病院にて。

 

そろそろ面倒になってきたので、また今度。

5/10のこと

 はい。

 

後悔することがあんまりないんですが、

よくよく考えたらあんまり記憶がないことに気づいてしまいました。

後悔するようなことは忘れがちで、引き摺らないタイプなんでしょう。

なんかあっても寝たら忘れてるしな。

 

自分の人生、最高に楽しいな~って大体常に思っているので、

頭が相当に御目出度いことは確かです。

 

 

 はい。

 

日本に帰るにあたり引継ぎややり残しの仕事が無いようにめちゃくちゃ焦ってるところ、海外に居る上司からバンバン仕事が入ってきて死ぬかと思ったので死ぬ前にLINEの通知を切りました。日本に帰ってる間も通知切っとくか。

 

 酸湯麵と鴨血。

 

数日ですがしばらく台湾とバイバイなので大好きな鴨血(鴨の血をこんにゃくみたいに固めたやつ)を食べました!

隣の席のヤンキーが「おは台が居ないと寂しいから早くおみやげ買って帰ってきて」などと可愛いことを言うので胸がキュンとなったんだけど同時に彼女の性癖も暴露されたので胸のキュンが迷子になった。

 

日本へのお土産用にパイナップル(1個59元)をスーパーで4個買ったのですが、

あまりの重さに肩が千切れました。

ちなみに台湾から日本へのパイナップルの持ち込みは、植物検疫を

通過すれば問題無しなので、台湾土産におすすめ。

ただめちゃくちゃ重いので全然おすすめ出来ないこともあるので自己責任してください。

 

5/10は以上です。

5/9のこと

 肉圓湯と筒仔米糕。

 

同僚ちゃんが肉圓が大好きすぎて、2週間に1回は食べてる気がする。

必ず筒仔米糕と一緒に注文してる。

筒仔米糕は油っぽいおこわみたいなやつ。

「筒仔米糕」は普通に中国語の発音で読めば「tong3zai3mi3gao1とんざいみーがお」だと思うのだけど、

同僚ちゃんたちはどうやら台湾語筒仔米糕を発音しているようで、

何を言ってるのかサッパリ聞き取れず。

 

 dǎng ā vī goūです。

 

同僚ちゃんに頼んで10回ぐらい発音してもらった。

そしたら「dǎng ā vī goūだんあーヴぃーごー」って感じで発音してた。

台湾語ってほんとに中国語の発音とかけ離れてるから全く意味不明だ。

でもちょっとでも話せると、台湾人ウケがめっちゃいいので損はしない。

 

 酸辣湯餃(サンラータン水餃子)が好きすぎるんですよね。

 

日本にしばらく帰国するにあたり、冷蔵庫の食材を使いきったので久々の一人外食。

八方雲集の餃子と豆乳が好きすぎる。

チェーン店なんだけど、台湾旅行にいらっしゃる方にもオススメ。

なんせ美味しいから。チェーン店なのに。

 

 馬です。

 

折り紙で馬折ってたら日付が変わってた。

 

5/9のことは以上です。

今日のこと。

 牛肉河粉と同僚ちゃんが嫌がらせに買って来た沙其馬(サチマ)です。

 

沙其馬(サチマ)って知ってますか。

台湾でよく見かけるお菓子なんですけど、なぜか「沙其馬」と書かれた隣に「サチマ」と日本語でフリガナが振ってあることが多く、「また台湾の謎の日本風の何かか??」とちょっと怖くて食べる勇気が無かったのですが、それを同僚のヤンキー女に話したところ嫌がらせの如く買ってきてくれたのでした。

 

柔らかいかりんとうみたいでした。

 

結果としてはふつうに美味しくて、噛みごたえのないかりんとうみたいでした。

半分に割って食べようとしたらホロホロと分解しちゃってえらく食べにくかったのですが。

少しだけドライレーズンが入っていて、一緒に食べるととても美味しかった。

でも結局沙其馬(サチマ)の正体は何なのか分からなかった。

 

 大家さんのお姉さんがくれたピンクのケーキ。

 

退勤後帰宅すると、大体大家さんのお姉さんがリビングでテレビを観ていることが多い。

わたしは今3人の台湾人とルームシェアをしていて(ちなみにそのうちの2人は大家さんの親戚)、大家さんのお姉さんは多分そのうちの誰かのために食事を作りに来てるんだと思う。

わたしもよくおこぼれを頂く。お腹が空いてないと断っても無理矢理食べさせられる。お菓子や謎の食べ物もいろいろ。

くれるものくれるもの、全部カロリーが高い。

でも仕事で疲れて帰宅して、誰かが少しわたしのことを心配してくれる環境って、とってもありがたいよな~と思う。

家族と離れて暮らし始めて1年ほど経ったけど、ありがたいことにこうしてわたしを心配してくれる人に囲まれて生かしてもらっているのでわたしは元気です。

 

以上、今日のことでした。